嫉妬深い恋人

〜 3 〜




「どう思う?」
「どうってにゃ〜」
不二と菊丸は、行き付けのファーストフード店に入っていた。
不二はレモンティーを、菊丸はコーラとチーズバーガー。
そこで、2人はなにやら話をしていた。
「最近のリョーマ君、どう見ても僕達から逃げてるよね」
不二は核心に触れた話を菊丸にする。
「うっ、本当のコト言われるとツライにゃ」
がっくりと肩を落として、その言葉を受け入れる。
菊丸はリョーマが自分を見ていない事を気付いている。
でも、好きだから少しでも傍にいたい。
「君が落ち込んでどうするの…」
持っていたレモンティーのカップをテーブルに戻し、備え付けてある紙ナプキンを一枚だけ取り出す。
続いてバッグからペンを取り出して、そこに何かを書き込み始めた。

「にゃ〜に書いているの?」
その手の先を見つめる。
書き込まれていたのは、人物の関係図。
良く見るとリョーマを中心とした図で、その人物の名前は自分達や他のメンバー達。
矢印を書いて、その人との繋がりを示している。

「こんなものかな」
全てを書き終え、菊丸の前に置く。
「へ〜、すっごいにゃ」
まずはキレイに書かれたその図に感心する。

流石は不二周助。
天才って呼ばれるのは伊達じゃないね、などと思いながら、じっくり見させてもらう。

「ふ〜ん、俺達は一方通行ってわけね」
指でその図をなぞる。
リョーマに辿り着く矢印を見れば一方通行。
いろいろな名前の中には、もちろん自分や不二がいて、その他にも、桃城や海堂や乾の名前までもがあった。
「結構、皆おチビのコト好きなんだ。あれ?これは…」
その中の一本だけ、リョーマから矢印が出ていた。
その線を目で追うと、その先には。
「…手塚?」
「そう、手塚だよ」
どういう事?
菊丸はどうしてここで手塚が出てくるのか、わかっていなかった。
まるで見当も付かないようで、何度も首を捻っては考えている。

手塚と言えば、真面目で堅物で色恋なんかに興味ナシ。
興味があるのはテニスと釣りと登山だけ。そんなイメージしか無い。
なのに、どうして?
「ま、今はまだ僕の想像だけどね。それで、ちょっと相談があるんだけど」
「ほえ?」
こそこそと菊丸に自分の相談を伝える。
初めは、訝しい顔で聞いていた菊丸は、段々と表情を明るいものにしていった。
「それ、賛成〜。楽しそうだにゃ」
「そう?それじゃ、次の土曜日にね」
楽しそうにコーラを飲む菊丸には悪いが、この相談には隠されている部分がある。
それを伝えるつもりは全く無い。
不二は少し冷めてしまったレモンティーを、ごくりと飲み込んだ。

不二の計画は即座に開始された。



「え?土曜日」
「うん。そう土曜日だよ」
次の日、部活の時間にリョーマを誘う不二がいた。
その内容は、「最近出来た、大型アミューズメントに一緒に遊びに行こう」だった。
そこは、室内型遊園地をメインとし、ゲームセンターからボウリング、カラオケに映画館、ついでにパチンコなどといったレジャー施設が設置され、今ではもう珍しくない大型銭湯やマンガ喫茶などもあり、食事をする所も、ファミレスからフレンチやイタリアンに懐石料理など、夜にもなれば、カクテルバーや居酒屋といった店も営業し、家族からカップル、はたまた会社帰りのお父さんまでもが楽しめる場所なのだ。
リョーマも工事中から、一度は行ってみたいと思っていたが、この2人と一緒だと思うと、行きたいけど、行きたくないかもと戸惑ってしまう。
「もちろん、部活が終わってからね」
「…でも…」
きっと、一つ返事で了承するとは思っていなかった。
リョーマの対応は、不二のシナリオ通りだったのだ。
そして、そのシナリオに書かれていたセリフを、言いよどむリョーマに言い放つ。
「あぁ、言い忘れていたけど、手塚も来るから」
「部長が?」
想った通り、リョーマは手塚の名前に反応した。
不二はそのまま話を続ける。
「珍しいよね、あの手塚が来るなんて」
この時はまだ決定では無かったが、自分の考えが正しければ手塚は来るはずだ。
だから、リョーマに悟られないように嘘を吐く。
「…じゃ、行くっス」
「良かった。それじゃ部活が終わったら迎えに行くね」
「別に迎えに来なくていいっスよ」
それだけを言い、リョーマはコートに入って行った。
まずはリョーマが、不二の企みにまんまと嵌った。
後は手塚だけだが、あちらは菊丸に頼んでおいた。今頃は自分と同じように誘っているはずだ。
上手くいく事を願う不二の不敵な笑みは、リョーマには見えなかった。
「あとは、英二が手塚を上手く誘えば、準備は整うね」


「土曜日だと?」
「そっ、土曜日だよん」
リョーマに見られないように菊丸は、不二に言われた通りに手塚を連れ出した。
そして、不二同様に土曜日の誘いを掛ける。
「俺があんな所に行って、楽しむと思っているのか?」
「う…それは…」
言われてみれば、手塚があのような場所に居る事が想像できない。
いや、想像出来たとしても、何時もの仏頂面で見ているだけだろう。これまでにも数度だか、レギュラー陣で遊びに行った事があった。
ただし、手塚と大石についてはどちらかと言えば保護者的な存在だった。

「俺は遠慮しておく」
全くもって、手塚の言う通りだが、これでは不二に頭ごなしに怒られる。
いやいや、『怒られる』なんて、そんな簡単な言葉では表現できないほどの、恐怖が待ち受けているのは確実だ。
「でも、おチビが楽しみにしているんだよ〜」
その場から離れようとした手塚の腕をがしっと掴み、最後の綱となったリョーマの存在を話した。
「越前が?」
リョーマの名前を出した途端、手塚は歩くのを止め、今しがた菊丸の口から発した言葉を確認する。
「そ、そ、そうだにゃ。おチビだって、手塚がいた方が安心だろうし」
何が安心なのか良く解らないが、菊丸は掴んだ手をそのままにしてリョーマをアピールした。
「…お前達だけだと心配だから、付いて行こう」
「良かった〜、じゃ土曜日にゃ」
「あぁ」
菊丸は不二から、『こんどの土曜日、4人で遊びに行こう』としか言われなかった。
それが何を意味しているのかなんて、あまり気にしていない辺り、菊丸も不二に善いように使われているだけかもしれない。

こうして、手塚も不二の企みに乗ってしまったのであった。


この時、直ぐに返事をしないで、お互いに確認を取っていれば、不二の企みに嵌らずに済んだのに、と考えるのは後の祭りであった。



嫉妬深い恋人 第3話です。
”不二の企み”って酷い内容説明だったな、と今更ながら反省。